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ウロコポリス

やさしいインターネット

随筆・ザの人とインターネット

エッセイ

随筆・ザの人の思い出

 

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インターネット・アーカイブよりスクリーンショット

その昔、っていうほど昔ではないけれど、

日本のインターネットには「ザ・BBS」というサイトがあって、

そのなかに「随筆・ザの人」もあった。

それなりにユーザ数もいたから、知っている人もいるだろう。

 

日記とか絵とかを載せる受け皿として、2002年から8年までの6年間、

案外いろんなことが起きていた。

オフ会も頻繁で、子供ができて結婚した人もいたのだ。

世話したつもりはないかもだけれど、自分も相当お世話になった。

というか、もう一人の自分がそこにはいて、住処のようなものだった。

 

10年近くたち、いまのインターネットは住みよい環境だろうか。

 

 

InstagramYoutubeだけで生計を立てる人もあらわれ、

FacebookTwitterでの人々の発言は、政治を動かすまでになっている。

そしてそこで語る人の多くは実名で顔写真付きで、

キラキラしているかギラギラしているかのほぼ二択だ。

 

語り尽くされた話かもしれないけれど、

2005年くらいに「ザの人」だった自分からすると、いまみたいに、

本名で顔出しで何かを発信したり、ましてや攻撃や非難したりするなんて、

なかなか考えられなかった未来だった。

 

たぶん、mixiで実名の学生や若い人が増えて、Facebookでそれが当たり前になった。

インターネットと現実の壁に風穴があいた。

 

その少し前は、2chがまるで犯罪予告やエログロばかりの

「悪の温床」みたいなイメージもあり、

ネットコミュニティはアングラな存在だったと思う。

「オフ会」なんてしている人は、絶対にけっこうオタクだった。

 

でもなんというか、あのころのインターネットは結構、

やさしかった気がする。

 

インターネットが好きで、むしろあの中にしか居場所がなくて、

趣味や興味が近い人たちと、コメント欄を通じて少しずつ親しくなって、

チャットの部屋をがんばって作ってようやくそこで会話に近いやりとりをして、

それでも、年齢も顔も知らないまま、みたいなことがほとんどだった。

 

ちょっとずつ相手のことを知って、

言いたくないことは言わないままで、

それでも大事な仲間のような関係だった。

 

いま、FacebookTwitterで影響力のある人は、

現実世界でも十分に能力や権力のある人が多いし、

フォロワー数で一目瞭然になっている。

「つよい人」である彼らには、日々「クソリプ」と呼ばれる、

他人ごとながら目をおおいたくなるような、ひどい罵倒が日々ある。

 

かつてのただの「荒らし」はほとんど無視できる存在だった。

でもいまの攻撃はすごい。

自爆テロのように、自分の痛みを全力でぶつけている。

「つよい人」のことはあまりだれも守らない。

有名税ってことばは、すごい発明だ。

 

そんなにノスタルジックになっているわけでもないし、

たぶん思い出補正もあるだろう。

実際、Facebooktwitterもそれなりに使っている。もちろん本名で。

 

でももう一回、もう一度「匿名」で残すことばと、

ほとんどことばだけで交わされる世界にも、

住処をつくりたいと思って、登録していみた。

 

はてなブログはまだ正直なところよくわからないんだけれど、

新しく、どうぞよろしくおねがいします。